![]()
プレミストドームを、日常的に人が集う場所に。社員と進める事業と組織改革。
株式会社札幌ドーム
代表取締役社長 阿部 晃士
1969年生まれ、北海道札幌市出身。大学在学中に1年間、ワーキングホリデーでオーストラリアへ渡る。大学卒業後の1992年に株式会社日本交通公社(現:株式会社JTB)へ入社。団体旅行や教育旅行の営業を担当したのち、2002年から人事・採用・教育を担当。2004年に大阪のグループ会社へ出向し、その後、北海道イベントコンベンション営業部で会議・展示会の運営や地域振興の事業に携わる。G8北海道洞爺湖サミット、APECなどの運営を担当。2019年から香港・マカオの現地法人など3社の社長、2021年からオーストラリアの現地法人社長を務める。2022年4月に北海道へ戻り、JTB北海道広域代表として勤務。2025年6月、株式会社札幌ドーム代表取締役社長に就任。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
この記事でわかること
- 札幌ドームが目指す、「交流創造拠点」への変革
- 売上30億円・稼働率80%へ、全社員で進める「DOME ReSTART PLAN」
- 社員のアイデアを形にし、ドームの新しい使い方を生み出す仕組み
- 「51対49の法則」で、挑戦する人が組織を変える会社へ
- 北海道と札幌を元気にしたいという志を重視する採用
前職で出した過去に類のない赤字。それでも挑んだ次の一手。

2025年6月、株式会社札幌ドームの代表取締役社長に就任しました。いま進めているのは、大和ハウス プレミストドーム(以下、プレミストドーム)をイベントのある日だけ訪れる施設ではなく、日常的に人が集う場所「交流創造拠点」へと変えていくことです。
生まれは札幌市中央区で、実家は狸小路のおもちゃ屋です。中学・高校は吹奏楽部でユーフォニアムを担当し、部活一筋でした。大学進学後、オーストラリアでの1年間のワーキングホリデーを経験したことで、「観光に関わり、人と接する仕事をしたい」と考えるようになりました。
帰国したのは4年生のゴールデンウィーク明け。すでに多くの企業で就職活動のエントリー締め切りは過ぎていたため、「こういう事情で就職活動が遅れていますが、面接をしてください」と、20社ほどに手紙を書きました。
そうして1992年に入社した株式会社JTBでのキャリアは、まさに失敗と挑戦の連続でした。当初は団体旅行や修学旅行の営業を担当しましたが、2004年からは新規事業領域へ足を踏み入れました。
たとえば、ホテルの生ごみから有機肥料をつくる企画や北海道土産のペットフードなど、新しい事業に次々と挑戦しました。しかし、当時は思うような結果にはつながりませんでした。
極めつけは、2005年に企画した世界的な映画作品の展覧会です。旅行会社の一事業としては異例ともいえる、過去に類のない規模の赤字を出してしまいました。全社員の賞与にも影響が及び、社内でも厳しい目を向けられました。
それでも、「旅行の手配だけに頼っていては会社の将来はない」という危機感がありました。だからこそ、旅行以外の事業を形にしようと試行錯誤を続けたのです。
大きな転機となったのは2007年、札幌で開催されたノルディックスキー世界選手権でした。「ライバル社とは口をきくな」と言われていた時代でしたが、思い切って他社に声をかけ、コンソーシアム(共同事業体)を組むことにしたのです。
周囲の反対もありましたが粘り強く形にし、結果として展覧会の赤字を取り戻すほどの収益を生み出し、3年かけて返そうと覚悟していた赤字を一気に返し切ることができました。
その後、50歳を迎えた2019年に、念願だった海外勤務に就くことになりました。長年の実績が評価され、香港・マカオの現地法人とバス会社を合わせた3社の社長を任されたのです。しかし、就任直後に大規模なデモが起こり、追い打ちをかけるようにコロナ禍が世界を襲います。インバウンド依存の構造も災いし、業績は一気に底まで落ち込みました。
続くオーストラリア赴任でもロックダウンに見舞われ、憧れ続けた海外での挑戦は、試練の連続のまま幕を閉じました。2022年に帰国し、株式会社JTBで最大規模の組織を支える北海道広域代表に就任しました。
振り返れば、新規事業での失敗も、赤字の返済も、海外での苦闘も、すべてがいまの自分をつくる大切な糧になっています。
売上30億円、稼働率80%。全社員でつくった2030年度の計画。
株式会社札幌ドーム社長への就任は、JTBからの出向や人事異動ではなく、私個人への打診でした。当初は出向という話もありましたが、社員に「いずれJTBに戻る人」と受け止められては、改革への本気の覚悟は伝わりません。そこで、30年以上勤めたJTBを退職し、退路を断ってこの会社に来ました。
株式会社札幌ドームは、札幌市の公の施設であるプレミストドームの管理・運営を担っています。プロスポーツの試合や大規模コンサートなどに使われてきた、屋根のある全天候型の多目的施設です。
就任して最初に行ったのは、全社員との個別面談でした。一人ひとりと徹底的に対話し、現場の状況や思いを把握することから始めたのです。そのうえで目指したのが、社員全員が共通の目標を持ち、「いつまでにいくら稼ぐのか」を数字で語れる組織です。
議論を重ね、2030年度までの経営プラン「DOME ReSTART PLAN」をまとめました。この計画には、「再び夢が動き出す」という強い決意を込めています。
私たちが目指すのは、従来のスポーツやコンサートの興行だけに頼らず、日常的に人が集まり、新しいつながりが生まれる「交流創造拠点」への変革です。2030年度までの目標は、売上高30億円と施設稼働率80%です。2025年度は、売上高が約22億円、稼働率が71.0%でした。
売上を約8億円、稼働率を約9ポイント伸ばす必要があります。計画は三段階に分けました。最初の2年で新規事業を立ち上げ、次の2年で収益化を進める。最後の2年では売上高30億円の達成と、市民への利益還元の拡大を目指しています。
前職のJTBは自ら施設を持たず、企画や運営というソフトの力で価値を生み出す会社でした。一方、プレミストドームには圧倒的なスケールを誇る施設があります。このハードに、企画や運営のノウハウを組み合わせれば、これまでにない価値を生み出せると考えています。
前向きな社員が増えれば、組織は変わる。アイデアを事業に変える仕組み。

いまの改革の進み具合を点数にすると、まだ30点です。まずは2026年度中に50点、いや51点まで持っていきたいと思っています。50点ではなく、51点。この1点の差にこだわるのには明確な理由があります。
根底にあるのは、「51対49の法則」という考え方です。組織の中で前向きに挑戦する人が51%を超えると、そのポジティブな波及効果によって組織全体の空気が一気に変わり始めます。過半数をわずかでも超えることが大切なのです。51点を超えれば、面白いアイデアも、人やお金というリソースも自然と集まってくるようになります。
だからこそ社員には「何でもやっていい、やらない理由はない」と伝えています。会社では、「OPEN」「FLAT」「CREATIVE」「CHALLENGE」「CUSTOMER CENTRIC」「SIMPLE」の六つの価値観を掲げています。また、自分のアイデアを事業化できる「社員提案型プロジェクト」も導入しました。
ナイトヨガ、紙飛行機、ジンギスカン。新しいプレミストドームの使い方。
この仕組みを通じて社員からは、イベントのない日にも人を呼ぶ企画が次々と生まれています。
たとえば、夜の空間を活用したナイトヨガや紙飛行機のイベント、話題のピックルボールの体験会、ランニングとスケートボードを一つの会場で楽しめる「Push&Run」など、これまでにないドームの使い方が次々と形になっています。
私の思いつきから始まった企画もあります。「北ゲートで風を感じながらジンギスカンを食べたら絶対気持ちいい」。そこから生まれたのが「満腹ドーム!ジンギスカンフェスト」です。第1弾には240名、第2弾には約450名が来場する人気企画となりました。
全天候型の多目的施設ですから、屋根のある大きな空間を、天候に左右されず一年中使えます。大きな興行に加えて、日常の小さな催しでも人が集まる日を今後も増やしていきます。
頑張った人が報われる会社へ。札幌・北海道を元気にしたい仲間と。

事業計画よりも大事なのは、人です。社員が「自分たちの手で会社を変えたい」という当事者意識を持つだけで、組織は120%も130%も伸びます。優秀さではなく、やる気のある人をどう育てるかがすべてです。
目指すのは頑張った人が正当に報われる会社です。そのために、成果に対して役職や報酬が見合うよう、評価制度の刷新を進めています。
その中で最も重視しているのは、上司と部下が同じ基準で対話し、納得感を高めることです。なぜその評価に至ったのかを丁寧に伝え、互いに納得できるまで話し合う。こうしたプロセスを社内に定着させていきます。
さらに、評価制度の再構築と並行して、専門人材が長く活躍できる環境づくりも進めています。プレミストドームの高品質な芝生を守るグリーンキーパーや設備管理など、高い専門性を持つ社員が年齢を重ねても安心して力を発揮し続けられるよう、働く環境の整備に取り組んでいます。
採用において最も重視しているのは、これまでの経歴よりも、「北海道や札幌を、この施設を通じて元気にしたい」という強い志です。坂本龍馬ではありませんが、「日本創生」を目指すような気概を持った人に来てほしい。そういう人と一緒に、プレミストドームから北海道と札幌を活気づけていきたいです。